儀間 ゆかり

美呼吸ウォーキングインストラクター
看護師・社会福祉士・認知症キャラバンメイト・
ストレスチェック制度実施者・健康予防管理専門士
ハーバルセラピスト受講中

 

2017年1月より 美呼吸ウォーキングインストラクターとして活動開始

いくつからでも・いつからでも・一歩から始められる

「がんばらない」をメインテーマに健康的な身体作りを目指します

看護師として24年務めた経験や知識を活かしたレッスンを開催

現役ツアーナース(添乗看護師)として修学旅行に付き添い、全国を飛び回っている

ピンクリボン運動や認知症サポーター養成講座も行っている

趣味;フラダンス

いつも下ばかり見て歩く学生時代

子どもの頃から猫背。

「この間、ゆかりが歩いている姿を見たよ。とても寂しそうだった。

何かあったらいつでも声かけてね。」

中学の卒業時に通っていた塾の先生から貰った手紙に書いてあった言葉

実はその時、卒業&高校合格で浮かれていた時。

心はハッピー♪だったのに・・・

寂しそうに見えてたなんて、びっくり!!

その後、高校では姿勢が悪くても態度がデカいので

「小さな体に大きなパワー」というキャッチフレーズをいただく

 

高校2年の終わりに母が自宅で急逝(47歳)

母の葬儀に来た方が口をそろえて

「アナタは看護婦になるんでしょ?お母さんが言っていたよ」と

ある意味、遺言?高校卒業後は迷うことなく看護の道へ

 

看護学校入学時、俯き加減で考え事をしているように見えたらしく

初対面でマジメな人との印象で「博士クン」との異名を付けられる

 

が・・・すぐにズボラな性格で何も考えていないとバレれしまい

「マジメだと思っていた気持ちを返せ!!」

と言われる始末

 

20代♪アロマやリフレに月数万円

20代前半は病棟や救急病棟で昼夜問わずの三交代

20代後半は寒い寒い手術室勤務

立ちっぱなし、歩きっぱなしの毎日。

肩こりにはフェイシャル&デコルテのエステへ月に1度

足腰の痛みには背中~足のアロマトリートメントや

リフレクソロジーに2週間に1度。

痛みが軽減されるのは、施術を受けた当日~翌日のみ

一向に痛みは改善されず、お金だけが毎月減っていく・・・

 

冷たい手術室で裸足で仕事をする毎日に

足の冷えも原因の1つか?と感じ

家では、いつも今でいう所の温活も取り入れる

職場の人間関係のストレスも重なり不眠

出勤前になると吐く毎日。

とうとう体重も32キロ台に。

気力だけで頑張っていた仕事も限界に

 

 

30代♪兄の死で人生どん底。周りは全て敵!

手術室を辞めクリニックへ職場を変える

外来のみでしたが、日帰り手術をしている所で

とてもやりがいを感じ、毎日仕事が楽しくて

2か月で体重が35キロに戻る

(看護学校の実習以来、体重は35キロから増えなくなっていた)

リフレクソロジーに行くのは辞めて整体に行き始めた

が、帰り道にポキポキ鳴っては元通り。

何の解決にもならなかった

 

私の31歳の誕生日に義兄(姉の夫)が35歳で急逝

その数か月後、他の身内が自殺未遂。

医療や看護だけでなく、別の視野で患者さんと向き合いたいと

沖縄国際大学の夜間コースへ入学。社会福祉士を目指す

大学3年の時に、実兄が38歳で急逝。

 

兄一家と同居していた認知症の父を引き受ける事となる

父が通院していた病院と同じ系列のグループホームに入居してもらう

体調不良時やエスケープの際など

緊急時に連絡をいただき駆けつける事もしばしば。

 

兄とはきょうだいで歳も近く、一番の仲良し

亡くなった事を受け入れられないでいた

けれど、父の事・大学・仕事と毎日めまぐるしく過ぎていく日々

 

何かにすがりたい気持ちを抑え淡々と過ごす

ある時、どうしても耐えられず心療内科を受診

現状をお話すると「アナタは大丈夫ね!」

と問診時に職員の方に言われ

診察室では医師の愚痴を聞かされる。

もう、どこにも頼れない。誰も分かってくれない

周りは全て敵!と心を閉ざす。

身体は既に限界に達していたが

心も閉ざしている為、迷子状態

どこが痛いのか?どうしたら良くなるのか?

分からなくなってきていた。

 

そんな中でも無事に大学卒業

と同時に社会福祉士国家試験・現役合格!!

 

38歳♪ウォーキングと出会う

38歳の時、高校時代の友人から

「ウォーキングで姿勢が良くなる」事が出来ると教えてもらう

その数週間後、たまたま出かけた飲み会で

ウォーキングの先生に出会い、体験レッスンに行ってみた

先生の第一声「こんなの見た事ない」

 

そう、私の姿勢は見たことが無いくらいに最悪でした。

 

人並みの姿勢の悪さになってから

続きのレッスンに行こう!と決意し

教えていただいた立ち方を職場や家でも実践

 

先生方が主催するウォーキングイベントには参加

ある時、自宅で実践していたのは思い違いである事が発覚

正しい方法を身に付けるため

40歳を過ぎてレッスンに定期的に通うようになる

 

40代前半♪光を求めて

元々、活発な性格の自分が心を閉ざし、

内向的になっている事に違和感を感じる

国内旅行をする事でストレス発散(年間4~6回、国内旅行を楽しむ)

春は桜・夏は温泉・秋は紅葉・冬は雪景色。現実逃避にはピッタリ☆

だが、胸の内はいつも父の事が気がかり。

 

42歳の時、父が1年に4回倒れ救急搬送(脳梗塞や脳出血)

父、3回目の入院時に私の身体にも異変が。。。

これまで何度となく精密検査を受けてきた乳がん検診

マンモグラフィーに写る影が大きくなっているようだ

という事で、度重なる検査に不安が募る

時を同じくして子宮がん検診も要再検査。精密検査を行う

 

私が癌になったら、誰が父の面倒を見るのだろうか?

職場でも私しか分からない仕事が沢山ある。

これまで自分の人生を生きて来ただろうか?

身内の死に悲しみ、他者へ寄り添い

自分の気持ちに蓋をしてきた。これまでの自分。

 

「本当に、これで良いのかな?」悩む毎日。

自分の事だけで精一杯なのに、父の事も考えないといけない

少し父の事が負担に感じ、負担に感じる自分に嫌気がさす。

全く周りが見えず。自分自身すらも完全に見失ってしまった

 

そんな矢先、父が亡くなる。

父が亡くなった後、乳がん・子宮がん共に再検査の結果

今の所大丈夫。と医師から告げられる。

大丈夫だったなら、もっと父の傍にいてあげたら良かった。

最期の瞬間も、自分の事で精一杯で一緒にいる事が出来なかった

後悔してもしきれず、更にどん底に落ちる。

 

どん底に落ちた状態でも、ウォーキングレッスンには通う

どこかで「このままではイケない」という感情は残っていた

 

この時までには、周りから姿勢が良くなったと評価をいただく

患者さんからは「背中曲がっているから病気かと思っていたよ」

「何したの?」などと声をかけられるようになった。

自分自身では、腰~膝、足の痛みは改善を実感。

一日中、診察室に立ちっぱなしでも平気になっていた

 

20代の頃、頼り切っていた

アロマや整体に行く頻度は減っていたのに。

歌姫・なっちぃとの出会い

父の他界からちょうど1か月後

姪(兄の娘)が3年間の闘病の末、19歳で亡くなる。

49日が終わった頃、遺品を整理していると出てきた

姪が闘病中に書き溜めた詩。

歌手になる事が夢であった姪

将来は自分で歌う為に書き溜めていた様子。

 

その中の一つに曲を付け歌ってくれているのが

なっちぃコト山田七海さん。

魂で歌い上げる姿と歌声に感動して直ぐにファンになる

彼女のオリジナルソング「ありがとう」を聞いた時

涙が止まらなかった。特に歌詞の一部

「限られてる時間の中で、どれくらい一緒にいられるのだろ」

という所に感銘を受けた。

 

自分の人生の時間にも限りがある。

自分の、自分自身の為に自分の人生を生きよう。

そう誓った、心が目覚めた瞬間だった。

40代後半♪『街の看護師さん』を目指して

45歳の時、ウォーキングの師匠である遠藤美絵女史に

インストラクターにならないか。とのお誘いを受ける。

 

病医院には、何かしら病を持った人が訪れる。

そこで患者さん達を見ていると、

姿勢が良い人は、歳を重ねても病気を持っていても

とても元気で活き活きしてる人ばかりで有る事に気付く

 

歩き方と呼吸で姿勢が良くなる

美呼吸ウォーキングで

元気で活き活きした人を増やしたい!

そうすれば、健康長寿県沖縄を取り戻せるのでは?

病医院で働く看護師を卒業

 

2017年1月より

美呼吸ウォーキングインストラクターとして活動開始

ウォーキングを通して、

一般の方々の健康意識の向上をはかる事を目標に

『街の看護師さん』を目指している。

受講者さんやイベントでお会いした方の

健康お悩み相談も受けている。

 

人生は歩く事

「ただ姿勢を直したい」そう思って

38歳の時から通い始めた

ウォーキングレッスン。

いつの間にかインストラクターにまでなってしまった!

人生って不思議だけど面白い!

 

これまでを振り返り感じた事。

なにか大きな目標は持たなくても良い。

たった一つ。

「自分を見つめるキッカケさえあれば」

キッカケを見つけたら何があっても歩みを止めず

【今】の【自分】を大切に生きていく。

 

今、私は

ゆる~く力を抜いて、自分の人生を歩いています